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    ご挨拶 
 
 IEO理事長  佐藤 容代
設立にあたって

IEO国際交流団体”という会の名称をとても気に入っています。EXCHANGE、交流、相互理解などはどこでも使われている言葉ですが、その意味の奥深さ、無限の可能性ははかり知れないと思います。まず、その最初の“出会い”に感謝することが大切かと思います。国際的な相互理解を目的にIEOが提供する各国との親善交流や講演会、講習会などのさまざまな活動を通して自分自身の視野や世界を広げていくことができます。ITの時代であればこそ、インタラクティブな会話が必要で、もっともっと心と心のふれあい、お互いに理解しあうことを求め合うようになるのではないでしょうか。IEOとの出会いが無限の可能性を引き出し、国際理解、ビジネスも含めた国際協力につながるすばらしい方向にいくことを願っています。

 世界を見渡せばさまざまな現実があり、格差があります。つくづく日本に生まれて幸せであると感じます。そのような状況の中で、いかに相手の気持ちを理解し、自分に何ができるかを考え、できることから行動することが大切と思います。すでにIEOの会員の中にポジティブな考えで行動されている方がたくさんいらっしゃることは喜ばしいことです。このような方々は自分が持っているものを
IEOに役立てたい、また、こんな活動をしていきたいと提案して下さいます。

仲間と力をあわせて一歩一歩前進していけば、いつかは世の中の役に立つ団体になれるのではないでしょうか。他団体の方々のアドバイスをいただきながら、ネットーワークを広げ、世界平和に向けて、国際理解につながるさまざま企画をし、会員の方々と共に国際貢献をモットーに充実した活動をしていきたいと思います。



 理事 渡辺 武経
私の願い
私は1971年から1975年まで3年半程富士通から派遣されて、ハワイに駐在したことがあります。

 この仕事はハワイに太平洋諸国を中心とした国際的クロスカルチャー教育、研究センターを設立し、初期の運営をすることでした。ハワイは地理的に太平洋の中心にあるし、白人、日系、中国系、フィリピン系、もちろん純粋のハワイ人等の文化が入り乱れ、もともとクロスカルチャーな社会なので、このセンターを設立するのには最適な場所として選択されました。

 設立された教育研究機関は日米経営研究所(JAIMS)と名づけられ、それから34年、多くの卒業生を国際社会に送り出し、彼等は各方面のビジネス、教育機関等で活躍しています。

ハワイでは日系の方の人口比率が高く、また多くの人が活躍されている場所なのです。国会議員、州知事、ハワイ大学総長も日系社会から出しています。

ただ、ここに至るまでの日系の方のご苦労、努力は筆舌に尽くし難いものがあります。

明治元年の移民から数えますと130年以上の歴史があります。最初は砂糖きび畑の労働者として入ってきた方が多かったのです。日本人もちまえの勤勉さと努力で、日系の人達はハワイ社会でめきめきと頭角をあらわし、社会で主要な位置を占めるようになった時、日本軍の真珠湾攻撃がありました。それは日系人社会を一変させました。アメリカ本土に作られた強制収容所に敵性移民として送られたり、スパイ容疑を受けたり、日系兵士は武器を取り上げられたり、日本人の誇りはずたずたにされました。この不名誉を挽回するため、日系の若人は軍に志願し、ヨーロッパ戦線や太平洋戦線で文字通り命をかけて戦いました。有名な日系だけの100大隊、442連隊の損害率はアメリカのどの連隊より高く、獲得した勲章はアメリカのどの連隊より多く、これにより日系人の、自分の国アメリカに対する忠誠心は確かめられました。このことが日本に対するアメリカの占領政策にも好影響を与えました。

今、日本とアメリカの関係は歴史的にみても一番良い状態と思いますが、日系の人達の貢献抜きには語れないものと思います。戦場とかパールハーバーの現場の直接体験者も高齢になられ、その体験談を記録しておくチャンスは今を於いては無いと思い、2年前にハワイを訪問して12名の方にインタビューし、「太平洋の架け橋」としてコンテンツにまとめました。皆さん二世です。二世は親から本国の文化を色濃く伝えられ、本人は英語をしゃべるアメリカ人ですから、両方の文化が分かる貴重な存在です。まさに「太平洋の架け橋」なのです。

私はこのコンテンツでこの歴史的事実をなるべく広く、日本の皆さんに伝えられたらと思っています。